結婚しているのに寂しい
一人でいる寂しさより、隣に人がいる寂しさのほうが深い。この状態の構造と、扱える部分を整理します。
一人でいる寂しさより、隣に人がいるのに感じる寂しさのほうが深い。この感覚を経験したことがある人は、少なくありません。
そして、この状態は説明しにくい。相手に不満があるわけではなく、けんかしているわけでもない。だから相談しても「贅沢な悩み」と受け取られてしまう。
何が失われているのか
分解すると、たいてい次のどれかです。
接点が業務だけになっている
会話が、こどものこと、支払い、予定の確認だけになっている。情報の交換はあるが、感情の交換がない。
この状態では、相手が「同居している共同経営者」になります。
個人として見られていない
母として、妻として、家計の担い手として扱われる。役割の外側にいる自分が、誰にも見られていない。
これがおそらく、この寂しさの中心にあるものです。
触れられていない
性的な接触の有無とは別に、日常の接触がゼロになっている。触覚の欠如は、言語化されにくいぶん見落とされます。
関心を向けられていない
何をしていても、何を考えていても、相手が気づかない、聞かない。攻撃されるより、関心を向けられないことのほうが応えます。
「不満はない」が難しさを作る
この状態が扱いにくいのは、問題として提示できないからです。
- 暴力があるわけではない
- 経済的に困っているわけではない
- 浮気されているわけでもない
- 会話がないわけでもない(業務連絡はある)
指摘できる欠陥がないぶん、変化を求める根拠が作れません。 そして「自分が贅沢なだけ」という結論に落ち着き、我慢が続きます。
伝えるときの翻訳
「寂しい」と伝えても、相手はほぼ確実に何をすればいいか分かりません。抽象的すぎるためです。
具体的な行動に翻訳する必要があります。
| 抽象 | 具体 |
|---|---|
| 寂しい | 週に一度、二人で食事したい |
| 大事にされていない | 話しているとき、スマホを置いてほしい |
| 見られていない | 髪を切ったことに気づいてほしい |
| 触れられたい | おやすみのときにハグしたい |
具体的であるほど、実行される可能性が上がります。 そして実行されると、寂しさは実際に減ります。
相手が変わらない場合
伝えても変わらないことはあります。この場合、いくつかの選択肢があります。
期待の場所を分散させる。 すべてを一人の相手から得ようとすると、無理が生じます。友人、仕事、趣味、家族。接点を複数持つことは、逃避ではありません。
自分の時間を作る。 役割から降りる時間を、意識的に確保する。一人で出かける、一人の趣味を持つ。
関係の形を見直す。 これは大きな決断になりますが、選択肢としては存在します。
不倫願望との関係
この寂しさが、他の相手への魅力として現れることはよくあります。
個人として見られる経験が枯渇している状態で、それを供給する相手が現れると、実際の相性とは無関係に強く作用します。
したがって、寂しさの中身を特定して、それを別の経路で満たすことには、実用的な意味があります。求めているのが「個人として見られること」なら、相手は誰でもよく、それは友人や仕事の場でも供給されうる。
一人の時間を取り戻す
役割で埋まっている生活では、自分が何を好きだったかも分からなくなります。
- 一人で行く場所を作る
- 誰の都合でもない時間を持つ
- 名前で呼ばれる場所を持つ(職場、趣味の集まり)
「お母さん」「奥さん」以外の呼ばれ方をする場所を持つことは、この寂しさに対する直接的な対処になります。
我慢の対象ではない
最後に。この寂しさは、贅沢でも甘えでもありません。
接点の質が変わったことによる、実際の欠乏です。そして、扱える部分が確かにあります。
問題として提示しにくいだけで、存在しない問題ではありません。
よくある質問
相手に不満はないのに寂しいです。
不満と寂しさは別のものです。相手が悪いわけではなく、接点の質が変わっていることが原因である場合が多い。
言っても伝わりません。
「寂しい」は抽象的で、相手は何をすればいいか分かりません。具体的な行動(一緒に食事をする、話を聞いてほしい)に翻訳すると伝わります。
この寂しさが不倫願望につながっている気がします。
よくある経路です。寂しさが埋まれば願望が下がることもあるため、まず寂しさの中身を特定するほうが実用的です。
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