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からだと反応のしくみ

人に触れられると安心するのはなぜか|施術で泣く人がいる理由

整体やマッサージで急に涙が出た、という経験談は少なくありません。性的ではない接触が持つ働きと、それを性の場面にどう戻すかを考えます。

整体やマッサージを受けているとき、思いがけず涙が出た。この話は、わりと多くの人から聞きます。

痛かったからではありません。力を抜いてよい状況に置かれたからです。この反応は、性の悩みを考えるうえでも手がかりになります。

触れられることには、性とは別の役割がある

人に触れられる経験は、性的なものだけではありません。

  • 髪を切ってもらう
  • 手当てを受ける
  • 抱きしめられる
  • 隣で眠る

これらに共通しているのは、自分が警戒を解いてよいという合図です。警戒を解ける時間が足りないまま日々を過ごしていると、その合図が来たときに、たまっていたものが出ます。

施術中の涙は、悲しみの表現というより、張っていたものが下りた瞬間の反応として理解するほうが実態に近い。

求めているのが安心のとき

性欲がわかないという相談の中には、実は接触そのものは求めている、というケースがあります。

くっついていたい、手を握っていたい、でも性的な流れになるのは重い。この状態は矛盾ではありません。必要としているものの種類が違うだけです。

問題は、多くの関係で、触れ合いが性的な流れの前段としてしか存在していないことです。だから触れられると身構える。身構えるから触れ合いを避ける。避けるから安心も得られない。この輪に入ると、性の面だけでなく関係全体が乾いていきます。

性的でない接触を、独立させる

対処はひとつです。事後の時間の使い方はアフターケアという発想、レスからの再開はレスから再開するための現実的な手順にまとめています。性的でない接触を、それ自体で完結するものとして扱う

決めておくこと効果
何もしない前提の時間をつくる身構えなくてよくなる
求めるときに目的を言う誘いと誤解されない
断るときも接触は残す拒絶の意味が薄まる
短くてよい(数分でよい)続けられる

言い方の例を挙げます。「今日は何もしないで、くっついていたい」。この一文があるかないかで、相手の受け取り方はまったく変わります。

施術に安心を求めることの是非

人に触れられる機会が生活の中にないとき、施術がその役割を担うことがあります。それ自体は悪いことではありません。

ただし、二つだけ注意点があります。

一つは、資格制度のない施術では、内容も安全性も事業者によって差があるということ。安心を得る場としてだけ選ぶなら、体に強い力を加えない内容のほうが無難です。

もう一つは、施術者との関係に感情が乗りやすいことです。丁寧に扱われる時間が貴重であるほど、その相手が特別に見えます。その感覚は接触が作っているものだと知っておくと、後から困りません。

性の面に返ってくるもの

性的でない接触が日常にある人は、性的な場面での立ち上がりが早い傾向があります。すでに警戒が下りているからです。

逆に、性的な接触しかない関係では、毎回ゼロから緊張を解く作業が必要になります。前戯の時間については前戯の時間はなぜ足りないのかで扱っています。前戯の時間が足りないという悩みの一部は、日中の触れ合いの不足でもあります。

数分の抱擁を日課にするだけで変わることがある、というのは大げさな話ではありません。順序としては、こちらのほうが先です。

よくある質問

施術中に涙が出たのは、異常な反応ですか?

珍しいことではありません。緊張が続いていた人が、力を抜いてよい状況に置かれたときに起きやすい反応です。恥ずかしいことでも、弱さの証拠でもありません。

性的な接触より、こうした接触のほうが満たされるのはおかしいですか?

おかしくありません。求めているものが安心である時期には、性的な接触がむしろ負担になることがあります。時期によって必要なものは変わります。

パートナーに、性的でない触れ合いを求めてもいいですか?

もちろんです。ただ、伝えないと誘いのサインと受け取られることがあります。「何もしないで、くっついていたい」と目的を明示すると誤解が減ります。