頻度は多すぎ?少なすぎ?という問い
回数に正解はありません。判断すべき基準は別のところにあります。何を見れば「問題かどうか」が分かるのかを整理します。
「自分は多すぎるのではないか」「少なすぎるのではないか」。この問いは非常によく見られます。
そして、この問いには答えがありません。 基準が存在しないからです。
平均値が役に立たない理由
調査によって数値は大きく変わります。理由は明確です。
- 自己申告に基づく(正直に答えられない人がいる)
- 定義が調査ごとに違う
- 対象の年齢層、環境によって変わる
- 発表されている数値には幅がある
そして何より、平均に合わせる実用的な意味がありません。 睡眠時間や食事の量と同じで、必要量には個人差があります。
見るべき基準
回数の代わりに、次を見てください。
1. 生活が回っているか
- 予定を犠牲にしていないか
- 睡眠時間を削っていないか
- 仕事や家事に支障が出ていないか
回っているなら、回数は問題になりません。
2. やめようとしてやめられるか
「今日はやめておこう」と決めたときに、そのとおりにできるか。
できないなら、回数ではなく制御の問題です。この場合、頻度の多寡とは別の観点で考える必要があります。
3. 身体的な影響が出ていないか
- 痛み、ヒリヒリ感
- 出血
- 炎症を繰り返す
- 日常生活で違和感がある
これらがあれば、頻度ではなく方法の問題であることが多い(強すぎる、乾いた状態、清潔でない)。
4. 気分が悪化していないか
終わったあとに、強い自己嫌悪や落ち込みが来る場合。これは頻度の問題ではなく、罪悪感の問題であることが多い。
「多い」場合に考えること
生活が回っているなら問題ありませんが、いくつか知っておく価値のあることがあります。
同じ刺激を繰り返すと、感覚が固定されることがある。 特定のやり方・強さでしか反応しなくなる、という現象が報告されています。これは「感じなくなる」というより、条件が狭くなるということです。
対処としては、
- 方法を変える(道具を使う/使わない、場所、体勢)
- 強さを下げる
- 間隔を空ける
強さを下げるほうが、感覚の幅が戻りやすいとされます。
「少ない」場合に考えること
全くしない、ほとんどしない。これも異常ではありません。
欲求の水準には大きな個人差があり、低いことが健康上の問題を示すわけではありません。
ただし、以前はあったのに急になくなった場合は、別の要因を考える価値があります。
- ホルモン環境の変化(産後、授乳中、更年期)
- 服薬の影響
- 疲労、睡眠不足
- 気分の落ち込み
「困っていないなら問題ではない」が基本です。 困っている場合にだけ、原因を探す意味があります。
波があるのが普通
頻度は一定ではありません。
- 生理周期の中で変わる
- 忙しさで変わる
- 気分で変わる
- 相手がいる時期といない時期で変わる
一定であることを期待すると、変動のたびに不安になります。 波があるものとして扱うほうが実際的です。
比較する相手がいない
この問いが解けないもうひとつの理由は、比較対象が可視化されないことです。
誰も公表しないため、自分が多いのか少ないのか、確かめようがありません。そして、確かめられないものについて評価しようとすると、不安だけが残ります。
評価をやめた時点で、この悩みは解けています。 見るべきは、生活が回っているかどうかだけです。
よくある質問
平均はどのくらいですか?
調査によって数値が大きく異なり、申告に基づくため信頼性にも限界があります。平均を基準にする実用的な意味はほとんどありません。
毎日でも問題ないですか?
生活が回っていて、痛みや炎症がなければ、回数自体は問題になりません。ただし同じ刺激を繰り返すことによる影響は考える価値があります。
全くしないのは異常ですか?
異常ではありません。欲求の水準には大きな個人差があり、低いこと自体は問題を示しません。
この記事のテーマに近い作品
編集部が試し読みを読んで書いたレビューです。18歳以上向けの内容を含みます。